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厚切りジェイソンに論理的にもの申す その2 [教育]

大事なことを忘れてた。

このタイトルは、そもそも「TVタックル」で、ジェイソンとビートたけしが「徒弟制度」について議論したことについて、ジェイソンがツイッターに【日本人は「感情的」にしか反論しないので、だれか「論理的」に反論できるやついないのかよ】、と、日本人に挑戦状をたたきつけている、ということに対して、未熟ながら僕が「もの申す」。

まず、たけしの意見。当然「徒弟制度」は賛成。
「銀座久兵衛」の徒弟制度を例に、【目利きの大事さを訴え、寿司を握る技術よりも前に板前としての知識や経験を得るのが重要だとし、徒弟制度を肯定した】という。

一方、短期間で技術を習得する寿司養成学校「東京すしアカデミー」も紹介。どちらがいいか議論している。
【ジェイソンは「自分のスキルを磨いておけば、のちにそういう立場になれることもある」と反論した。
これにたけしが「だって河岸(魚市場)に毎日顔を出さなきゃ魚の良し悪しなんか、わかんないじゃん」と意見すると、厚切りは「調べればいいでしょ? インターネットに書いてあるでしょ?」と返答し、スタジオの笑いを誘う。すると、たけしは「それは魚の種類。なかを切ってアブラがのってるかどうか、わかるかはぜんぜん違う」と声を大きくした。結論は出なかったが、厚切りは首を傾げ、たけしの持論に納得がいかないようだった。】

議論の焦点は、「徒弟制度」の善し悪しだ。

善し悪しを判断する事例を、「魚市場での魚の目利き」に絞っている。これが議論をわかりにくくしている。経験も大事だし、情報も大事、つまりどちらも間違っていないからだ。

「徒弟制度」を議論する理由は、その「学び方」にある。「東京すしアカデミー」では、職人が「教わる」わけであり、「久兵衛」では「盗む」のだ。
「久兵衛」では、年数に応じて扱う魚を分け、その魚の特性を徹底して身に覚えさせる。師匠が「ああだ、こうだ」と教えない。弟子は、師匠の背中ですべてを学ぶ。一方「東京すしアカデミー」では、テキストで先生が手取り足取り教える。その違いだ。

「経験が大事でしょ?」と、ジェイソンら外国人に言っても通用しない。彼らは、弟子に「教えない」師匠のあり方にそもそも疑問をもっていると思われる。
「教えればいいでしょ? なんで教えないの?」
なぜジェイソンがそう言わなかったのかはわからない。くいつくべきはここじゃないのか?
「調べればいいでしょ? ネットで。」じゃないと思う。

 ジェイソンに論理的に説明しよう。

 徒弟制度のよさは、「自ら主体的に学ぶ」ところにある。
 師匠に教わるのももちろんありだが、師匠のすることを「なぜ?」と課題意識をもって考え、その答えにたどり着いたとき、その知識は「知恵」となり、新しいものを生み出す「知力」となる。
 日本の「職人技」というものは、単に「知識」だけではなく、「知恵」や「知力」がもたらす「創意工夫」によって日々進化するものであり、進化を継続することで「伝統」をつないできたのだ。そして新しいものを生み出してきた。
 確かに、「知識」は調べれば得ることができるが、「知恵」や「知力」は、自ら試行錯誤を繰り返し、失敗から学ばなければ身につけることができないもの。

こう説明すれば、ジェイソンも少しはわかったのではないか。

でもジェイソン、経験が大切だってことくらい、わかれよ。
論理的に説明しなくてもさあ。
これくらい、わかってくれよ。
一回、「久兵衛」に弟子入りすればいいと思う。

(余談だが)
なんで「厚切り」って呼び捨てなんだろう?
「厚ジェイ」でいいんでないかい?




厚切りジェイソンに論理的にもの申す [教育]

【厚切りは「日本では『異なる意見=相手嫌い』という勘違いが残念だな」とツイートしており、日本人は相手と「異なる意見」だと、その相手が「嫌い」だと考える勘違いがあるというのだ。】

ある日のブログ。

この指摘は正しい。僕にしても職場でこのことで悩むことがある。
議論したあとに、その相手に話しかけると態度が冷たい。ジェイソンご指摘のとおり、日本では、意見が違う相手は敵、自分を嫌ってる、と思う傾向がある。下手すれば、四面楚歌、仲間はずれ、ということにもなりかねない。だから、会議では沈黙。下手に意見など言わないほうが無難、そんな雰囲気がある。
日本人の悪いところだと、日本人として自省することはしばしば。

「和して同ぜず。同じて和せず」と論語にある。「(君子は)誰とでも調和するものだが、道理や信念を忘れてまで人に合わせるようなことは決してしない。(小人は)相手の意見に同調するが、道理や信念を曲げての同調なので調和することがない。」という意味。

日本人は、「小人」が多いということだ。
仕事上の議論と普段の付き合いは分けて考えてほしいのだが、なぜだかそれが日本人はできない。

これは、日本人と外国人との思考回路に原因があるわけだが、簡単に言うと、日本は島国であり、なおかつ一度も外国からの「侵略」を受けていないという歴史的事実が、その土台にある。
「日本民族」という言い方が正しいかどうかは別として、単一民族を長い歴史の中で維持してきたことによって生じた悪しき性質というべきものだろう。そして古くから生活スタイルの基盤となっていた「ムラ社会」。「ムラ」では、意見の相違などは許されないわけであり、それはすなわち「村八分」、コミュニティからの逸脱を意味していた。
「ムラ社会」によって形成されたアイデンティティは簡単には消え去らない。意見の相違=生き方の違い、生き方が違うお前とはつき合わない、こういった単純方程式で相手を断定するのが日本人だ。侵略された経験がないから、この考え方を改める機会もなかった。

ジェイソンの指摘は正しい。
ただ、外国人に指摘される前に、日本人は自己の国民性を認識して、改めるべきところは改める姿勢を持つべきだ。
「日本って、日本人って、すごいですねえ!」と、日本を賛美するような番組がちらほら見られる。僕はこの手の番組は大好きで見てしまうのだが、考えてみたらちょっと気持ち悪い。

ナルシスト! 日本人。

まあ、顔も不細工で、外国からはほとんど相手にされたこなかった民族だから、海外からほめられるとうれしい。そんな心理だろう。やむを得ない。

確かに日本のよさはある。ただ、それだけに目を向けず、外国人が指摘することも素直に耳を傾けよう。

職場で、家庭で、言いたいことが言えてますか?
僕は、まあまあできている。

「和して同ぜず」

人に嫌われるのは嫌だが、自分で自分を嫌いになるのはもっとイヤ!



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はあ? 宮崎が「真のイクメン」? [芸能]

変な記事を見つけた。
【宮崎謙介衆院議員、彼こそが真のイクメンである】と題したブログ。

宮崎元議員のことはもう書くつもりはなかったが、あの人を「真のイクメン」と賞賛しているオバカブログを見つけたのでひとこと言っておく。

もしかしたら、ギャグなのかもしれない。
それなら、真剣に反論するのは僕はアホだ・・・。

ただ、中身を読むとどうもマジっぽい。
ただ、ブロガーというのは、興味を引くためにあえてこのような記事を立ち上げる。
本心でなくてもだ。

僕は、そんなブロガーではいけれど。

で、マジョリティを代表して反論します。

宮崎元議員は、「真のイクメン」なんかでは決してありません。

【なぜ人々は不倫に対して激烈な反感を示すのだろうか。】

どれほどの「激烈な反感」が筆者の元に届いているのか知らないが、僕の職場ではそれほどでもない。
芸能人の不倫沙汰にいちいち反応するほどヒマではない。
過剰な反応を示している人たちは、一部の一部であり、マイノリティに属する人々だ。
そんな人々の反応を、さも一般論的に認識されても困る。
世間の人のほとんどは、芸能人の不倫騒動など、どうでもいいと思ってます。
だから、不倫はいけないとかアホみたいな正論を口にする人種を相手にしているこのブログは(僕のブログではありませんよ)、クエスチョンです。

内容も薄いです。
「不倫って、そんなに悪いことか?」的な考えが根底にあります。
「自分の不倫を隠すために、宮崎元議員を攻撃している」とか、なんとか。
このブログの筆者が不倫などされているのなら、こう主張するのも納得します。
でも、僕みたいな真面目なヒトは、ついていけません。

「宮崎元議員の辞職はやむなし」といいながら、宮崎を擁護しているんですが、説得力ありません。

で、主張したいのは、「真のイクメンだ」ということなんですが、「すべてを失った彼には、育児に専念するしか残された道はないから」と、急におとしめています。
少し残酷なブロガーさんですね。

ああ、やっぱり、相手にするんじゃなかった(後悔)。

真のイクメンとは、
ただ単に「育児」をすればいいというものではない。
なんのための「育児」かと考えれば、自ずとわかってくる。
両親が普通に愛し合い、信頼し合い、仕事をしっかりし、社会的・常識的に生きる姿を見て子どもは育つ。
「家族の絆」とはきれいごとではなく、やはりこの世の存在するのが望ましい。健全な家庭が多く存在することが、社会の安定につながることは、日々報道される事件を見ればわかることだ。

宮崎元議員の子どもが、健全に育成されることを祈ります。
きっと大丈夫でしょう、「真のイクメン」に育てられるわけですから。

いかん、心がねじ曲がっていくのがわかる・・・。











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「時代の分岐点」って? [芸能]

今日のブログの「ハア?度」は高かった。
【時代の分岐点としての、「恥をかいてきなさい」】というブログ。

宮崎議員とかなんとかいう人については、まったく興味がありません。
議員の「育休」なんかについても、考える気もコメントもありません。

まともじゃないなあ、って思ってたら、さっそくやらかした「不倫騒動」。

この記事は、妻の金子議員が「(わたしとやり直す気があるんだったら、会見で)恥をかいてきなさい。」
と旦那(宮崎議員)を叱責したことについて、ブロガーの「井戸まさえ」氏が書いたものだ。

記事に、
【今まで、我が国では浮気や不倫で「恥をかく」のは夫でなく、妻側だとされてきたと思う。】
とあるが、まずこれがクエスチョン。

そういった時代もあったかもしれないが、素直には同意しかねない。現代では、そんな認識はすでになくなっていると思うが・・・。

そしてさらに、金子議員が発した「恥をかいてきなさい」と夫を一喝したことは、これまでの(女が恥をかいていた)時代を変える出来事だと言っているが、はたしてそうか?

ふたつの理由で反論したい。

ひとつ目。
ふたりとも(宮崎・金子)、時代を変えられるほどの大人物ではない。
「育休」なんかで世間の目を集めようとするちいっちゃな人たちです。

ふたつ目。
金子議員もやっぱり「恥はかいている」んですよ。
世間が注目するし、議員でもあるし、「育休」とかいって妻の味方をしながら「不倫」してる旦那をもって、普通の人以上に恥ずかしいでしょ!
旦那に恥をかいてこいって言ったからといって、時代は変わったとはいえない。
世間が本当に「妻が恥」と思わない時代なら、時代が変わったと言える。

しかし、仮に不倫が逆なら、やはり旦那が恥をかくのではないか?
「もしかして不能?」「アレが下手?」とか噂されて・・・。
先にも言ったように、井戸さんが言うような時代じゃないと思う。

この記事で思うのは、金子議員の態度について。
「恥をかいてきなさいっ」と一喝してはいるが、これは旦那へのぎりぎりの愛情だと思う。
旦那を見捨ててはいない。
この言葉には、「わたしに恥なんかかかせて!」という怒りは感じられない。
周囲の議員に「何度も何度も頭を下げていた。」という。
この態度には感心するのだが・・・。
まさか、議員生命の保守のため、ではあるまいな。

とにかくこの記事は、大げさすぎる。
文章もわかりにくい。
ブロガーとしは、クエスチョンかな?

かくいう僕も・・・。








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マツコの言葉から、「家族」について思うこと・・・。 [教育]

今日の「マツコの知らない世界」は、あまりおもしろくはなかった。
秋葉原のカレーとか、耳栓とか、今回はハズレ・・・。

で、今日は久しぶりにまじめに働いたから、ヤフーさえ開く暇もなく、ブログ記事書かなきゃ、とニュースブログを舐め回して、結局マツコのこの記事について書くことに決めた。

【マツコデラックス、家族の必要性を疑問視、「まやかしだよ」】

この記事は、「老後はひとり暮らしの方が幸福度が高い。」という調査結果をもとにしている。
この調査を、マツコがただ自分の都合のいいように解釈しているだけが、調査結果は確かに意外と言える。

家族の問題、家族のあり方は、確かに再考する必要があるには間違いない。
幸福度なんてものは、人によって感じ方が違う訳だから、どちらがいいか、なんて意味がない。
家族がいて幸せ。
いなくても幸せ。
家族がいるけど不幸せ。
いないから不幸せ。
今そう思っても、十年後はまた思いも変わってくる。

だから、問題は、何を望み、どう生きたか、ということだ。

マツコは、この調査結果を受けていろいろ言うだろうが、そもそもマツコがどう考え、何を望み、どう生きたか、で幸せを考えればいい。
老後の環境はどうであれ、それまでどのようにそこまでの道筋をたどってきたかが、重要である。

家族を否定することは、自分を否定することにもなりかねない。
家族はヒトだけでなく、生命のすべてがそれを構成するわけであり、生命維持の重要な要素であるわけだ。
マツコは本気で「まやかしだよ、家族って」と言っているが、本気ではない。
こう言うことで、家族の大切さをアンチテーゼ的に主張している。
「お一人様」のイメージを売りにしているマツコだが、
このスタンスは、お一人様を擁護する一方、家族を持つことの大切さもある意味メッセージとして視聴者に伝えている。

なぜ、そんなことが言えるのか?
それは、マツコというキャラの大きさである。
マツコの言葉から感じられる、マツコという個性、本質が、わかる人にはわかるのだ。
会ったこともないのによく言うよ、と言われそうだが、僕は、自分の「感覚」というものを信じている。

「最後はひとりだよ、人間は・・・。」

マツコの言葉・・・。
もちろんそうだ。

でも、僕も44歳にして結婚し、50歳になる今、4歳と2歳の子どもを育てている。
子どもは・・・自分に似た仕草をする。
そのとき、「自分の子だ・・・。」と実感する。
だから思う。
たとえ自分が死んでも、僕の記憶はこの子らに残り、僕と同じ喜びや悲しみを繰り返し、命をつないでいくだろう。
この感覚、感動は、我が子を抱きしめて実感することだ。

家族とは、自分の周りの血縁をさすことばに終わらない。

家族とは、本当に、自分自身のこと・・・。
生んでくれた両親やご先祖の思いをつなぎ、次世代につなぐ。
生命として義務でもあるが、それ以上に、縦糸としての絆を過去から未来まで届ける、
タイムマシンでもある。

たとえ「お一人様」でも、実子のない夫婦でも、
全世界的な視野で物事を見れば、
いくらでもタイムマシンに乗る方法はあると思う。






剛は強し・・・ [芸能]

タイトルに関しては申し訳ない。

前回、飛鳥を取り上げた流れから、「長渕剛」のニュースを目にしたので、「剛」について語りたい。
実は僕も剛と同郷であり、彼のニュースは地元のテレビでもよく流れる。
また、彼の学生時代の話なども耳に入ってくる。

無名のころは小さな公民館でライブ活動をしていたそうだが、ライブに実際に行った人からこんな話を聞いたことがある。
剛は、トークのなかで、近くの文化ホールである歌手がコンサートをしている話をして、「いつか俺もあれぐらいビッグになってみせる。」と言ったそうだ。
そのときの観客は十数名だったらしい。

もちろん、こんな話は当たり前のことで、どんなに有名でも、無名時代のエピソードはいくらでもあるだろう。

ただ、剛は学生時代に「いじめ」られ、その負の体験を楽曲創作のエネルギーに転換したところに、彼の魅力を感じる。
「いまに見ていろ!」
そんな気概が、ギター演奏からもわかる。
僕が好きな曲「逆流」も、剛の気持ちがわかる名曲だ。

「とんぼ」あたりから、スタイルが変わり、グラサンの似合うお人になってしまった。
チンピラ風の語り口調・・・。
そして、アクションスター・志保美悦子との結婚。
剛は、自分になかった「力」に憧れていたのだろう。
自らも鍛え、体はすっかりマッチョ。

僕が好きな剛は、昔の剛だ。
「いつかきっと・・・。」そういう思いで作った曲は、どれもすばらしい。

この記事では、
【昨今の音楽業界について「腐っている。僕のような(自分で行動する)体質は潰されるのを知っている。操られている中には入りたくない」と苦言を呈した。】とある。

今朝のテレビニュースでも少し見たが、言いたいことを言うのは剛のいいところだ。
そして、この音楽業界へのコメントだが、「苦言を呈した」とあるが、剛も音楽業界に存在するわけであり、その中にどっぷりつからなくても音楽活動ができるくらい、ビッグな存在になっているという証だろう。

無名のときは、当然操られる。有名になっても、操られる有名人もいるだろう。
自分のやり方を押し通せるというのはすごいことだが、それなりの覚悟も必要だ。
剛は、名前だけではない。本当に強い人なのだ。
僕はそう思う。

さて、剛と対極で、「弱い人」がいる。

清原だ。

周囲のコメントをみると、「本当は弱い人」という言葉が出てくる。
それが本当なら、剛と清原は、「人間の強さと弱さ」という共通点で結ばれる。
剛が弱さを克服して本当の強さを手に入れたのに対し、強さを示しながら内面の弱さを隠し続けてきた清原・・・。
ふたりの対照的な人生・・・生き方。
たぶん、清原は心がぽっきりと折れてしまったのだろう。

剛は、清原についてコメントしなかったということだが、きっと、言葉にはできない感情があるのだと思う。



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これが、あの、Asuka? [芸能]

「万里の河」
「流恋情歌」
「ひとり咲き」
「say yes」
「ya ya ya」

 「チャゲ&飛鳥」は大好きだ。
 飛鳥の甘い声とチャゲの高い声のハーモニー。日本を代表するアーティストと言っても過言ではない。
 いや、過言ではなかった。

 飛鳥の薬物使用は、ショックだった。それまで聴いていた曲が、違うものに聞こえた。それでも、復活を信じて、時々は「say yes」を聴いた。
「復活すると言ってくれ!」
という気持ちで。

 しかしだ・・・。

【ASKA奇声あげ強制入院…妻は不倫マンション売却済】で見たASKAの写真。

 もうダメか・・・。太ってぶくぶく。それに、夫人にまで見放されたら、もうおしまいかもしれない。
それとも、落ちるところまで落ちないとわからないのだろうか?

 十数年前、チャゲアスの絶頂期にドキュメンタリー番組を見たことがある。中国公演の飛行機のなかで、笑っている飛鳥の横顔が思い出される。「はじまりはいつも雨」を歌う飛鳥はかっこよすぎた。MTVを一緒に見ていたカノジョが、「やっぱりかっこいいよね、アスカって。」と言ったあの声が耳に残っている。

 ヒット曲を生み出すことのプレッシャー。それが薬物に手を出した理由だと聞いている。しかし、それが理由ではないような気がする。きっと彼は、ミュージシャンでなくても、一般人でも、薬物に手を出しただろう。
 なぜそう思うのか。

 僕も築地の製氷会社でバイトしていたとき、大麻を吸う同僚がいた。新宿の居酒屋のバイト先にも、覚せい剤の売人がいた。ビリヤード店でバイトしていたときも、またまた大麻を吸うやつに出会った。なんでも関心をもつ方だが、これはヤバいと感じ、その同僚や仲間に入ろうとはしなかった。つまり、クスリに手を出すか出さないかは、その人間の根本的な生き方に拠ると思う。

 昨日は清原が逮捕されたが、彼の場合、以前から疑惑があってのことだから、「ああ、やっぱり…」という感想。クスリに手を出した理由が、「さびしかった」というのでは、女子高校生ではあるまいに、と思う。やはり、人間の性質なのだ。

 「飛鳥」は、「宮崎被告」と呼ばれるようになった。僕たちが知っている飛鳥はもういない。それでも、僕はやっぱり「チャゲアス」を聴くし、歌うだろう。

 それが化石のようなものになったとしても、違う愛し方を見つければいい。
 

 
 

長谷川豊氏、イイね! [教育]

 前回のブログの続きです。
 今朝「BLOGOS」で発見した長谷川豊氏のブログ・・・。

 僕の意見を支えてくれる内容でした。
 記事では、「わるいのはゲス谷の妻」と言い切り、法律的根拠を示しながら、ベッキーは悪くないと論理的に説明している。

 僕の意見は感情的だが、彼のブログは論理的、頭のデキが違うなあ。

 長谷川氏は、Lineでのやりとりを外部にもらしたのはゲス谷の妻だと断定。この記事(長谷川氏の記事)は、これが根底にある。世間もおそらくそうだろうと思っていても、「被害者」ではあるし、非難できない雰囲気がある。

 また、「不倫」は犯罪ではないと説明。
 「ベッキー下ろし」を異口同音に叫ぶ民衆を「アホ」と呼んでいる。そして、
【「ベッキー、そこまで悪くね?」って思ったあなた、正解です。その感覚、合ってます。】

 僕の意見を擁護するセンテンスがあった。
 正直、ホッとした。

 長谷川氏は、「ネットリテラシー」「メディアリテラシー」の視点を多くの民が持つことが大切だと考えている。僕も同感だ。

 日本人は、「自ら考えようとしない」ところがある。他人の言うままに動く悪い癖がある。こんな国民は、為政者は大好きだ。日本が平和な国なのは、この国民性によるものだが、さらに日本が発展するには、この国民性に「クリティカル・リーディング」、つまり「批判的なものの見方・考え方」が必要である。簡単にいえば、「ホントにそうかなあ?」という意識、視点。

 このブログ(「生き下手」)も、この視点に立っている。

 日本の教育は、「答え・解答」を見つけることを重視するが、実は、「真実」を見つける教育が大切だと思う。

 ビートルズは「ALL YOU NEED IS LOVE」(愛こそすべて)と歌ったが、僕はそれに付け加えたい。

 ALL YOU NEED IS TRUTH 「真実こそすべて」


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やっぱりベッキーを支持します! [芸能]

 またまた、ベッキーについて。

【松本人志「ベッキー休業はずるい。こうなったら、みんなを楽しませようぜ】というブログ。

 ベッキーが出演する番組の視聴者から苦情の電話がきた、という。主婦から10分間に1000件という苦情は、異常という他ない。しかも、「不倫騒動のタレントがテレビに出ていると気分が悪い」とか、「不倫を子どもにどう説明したらいいのか」など、「考える」ことをやめた方々の悲痛な叫びは、陳腐としかいいようがない。

 「気分が悪い」ならテレビを消せばいい。その権利をあなたはもっています。ベッキーを大好きな視聴者はいるわけだし、わざわざテレビ局に言うべきことではない。「不倫を子どもにどう説明するか」については、親として説明してあげればすむこと。子どもの年齢にもよるが、ベッキーのことを例にしてもよし、恋愛について考えさせる絶好の機会だ。

 前回「ベッキーを救え!」でも不倫を大騒ぎする世間にもの申したのだが、小倉智昭さんが次のように言ったらしい。
「不倫していても、仕事をしている人は大勢いますよ。テレビに出る仕事だと、不倫していてはいけないということなのですか」
 僕の主張と同じだが、ただベッキーが「清純」をイメージさせるキャラだったために、世間が「不倫」に対してNGを出した、ただそういうことだ。一般人のケースと同様に考えても無理がある。
 
 あのホリエモンさんは、ベッキーにえらく同情し、「だめなのは文春」と言い切った。自身も過去において痛い目にあったとはいえ、ホリエモンさんの主張は的を得ていると思う。
 前回のブログでも言ったように、芸能人の私生活にあまりにも入り過ぎ。ラインでの暴露については、プライバシーの侵害も甚だしい。
 だが、誰もそれをとがめようとはしない。「文春はやりすぎ!」の批判は出てこない。

 僕は、このことを問題にしたいのだ。

 ベッキーは、「ありがとう文春」「センテンス・スプリング」なんて言うべきじゃなかった。不倫を暴いた文春を批判し、「プライバシーの侵害だ」と攻撃すべきだった。これは「不倫」の矛先を文春に向けるためではなく、自分の生き方を世間に示すためだ。
 芸能報道は、タレントを生かしも殺しもするし、互いに持ちつ持たれつ、という関係がある。ベッキーが「ありがとう文春」と言ったのは、文春を逆手にとったつもり、つまり、この心理にはある意味文春への復讐心もあったのではないかと思われる。
「わたしたちを窮地に追いやったつもりでしょうけど、ほら、このとおり、わたしたちは堂々とつきあうことができるし、先へ進めます。ありがとう文春!」という気持ちだ。

 ベッキーがこんな考えの人だなんてショック、という人は多いだろう。
 しかし、そうではない。
 文春へのささやかな復讐心から、このような考え方に至った・・・。
 僕はそう見ている。

 ベッキーが出演する番組の視聴率がアップした、というニュースもある。もうすぐテレビから姿を消すベッキーを見ていたい、という心理からか。
 それよりも、ベッキーを支持して、一日でも早くカムバックするよう願うことが大切だ。

 ただ、ベッキーも疲れをいやしたら、自分の生き方として、「不倫」に向き合ったほしい。
 ただし、ベッキーにとっては「不倫」ではなく、「大恋愛」かもしれないが・・・。

 

 

小保方さん、僕はあなたを支持する [事件]

 久しぶりに小保方さんの話題が入った。
 手記を発表したという。
「あの日」というブックネームには、少し?だが、講談社から発売されたらしい。

 STAP細胞発見の功労者としてもてはやらされながら、STAP細胞はないとの立証で、一気に奈落の底に落とされた小保方さん。
 僕は、一連の報道に同情的だった。その理由が、この記事を読んでわかったような気がする。

 「若い女性なのに、すごいことやったなあ!」というのが最初の感想だった。しかし、当たり前だが、このような研究はひとりでするものではない。「チーム」でやるものだ。

 小保方さんは、若山照彦:山梨大教授と論文を共著し、実験においては指導を受けていた、としている。であるなら、STAP細胞が世間の世紀の発見と話題になったときに、小保方さんよりも、若山さんがまずクローズアップされるべきではなかったか。
 申し訳ないが、共著の若山教授は、この記事を読んで初めて知った。

 小保方さんは、若山教授への不信感をこの手記で述べているという。手記で、「みんなで決めた悪には、どんなひどいことを言ってもやっても許される社会の残酷さ」と言っている。
 僕の結論は、小保方さんははめられた、というものだ。

 ここからは想像。

 山梨大の若山教授って、みんな知ってる? STAP細胞がすごい発見なら、このヒトの名前がもって世間に出て不思議じゃない。でも、あまり出てない気がする。若山教授こそが主犯だ。小保方さんが言う、「みんなで決めた悪」の中心人物だ。おそらく、彼が仕組んだ。
 STAPなんてないことはわかっている。それがあるとして、世間に発表し、発見者として小保方さんをクローズアップさせる。そしてそのあとのどんでん返し。STAPはなかったとして谷底に突き落とす。若山教授と毎日新聞記者が結託して、仕組んだことだとしたら・・・。

 小保方さんは、毎日新聞の記者について、自分に対する「殺意」さえ感じたと述べている。研究者が、その成果を発表して、それが間違いだった、ということもあるだろう。STAP細胞は確かに夢の細胞だが、それがウソだったといっても、そこまで研究者を憎むこともないだろう。小保方さんに対する、記者の憎悪・・・。それはなにか?

 ただ、ひとつ言えるのは、こんな研究は、ひとりでするものではない。すべてチームでしている。STAP細胞は、若山教授との共著なのだが、教授よりも研究者の小保方さんが、なぜここまで矢面にたったのか、僕は不思議でならない。
 僕は「顔相」(人相)で人の善し悪しがわかるのだが、小保方さんは悪人ではない。よって彼女を支持する。

 「あの日」を買って読んでみたいと思っている。







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